ayakasi-nyanco’s diary

不思議体験のお話です。

夢を持つことにしました。

おはようございます。父の日、ですね。。。

 

父の日って、確かバラの花を贈るって聞いたことがあります。間違ってたらごめんなさい。

その父の日に、改めて夢を持つことについて、考えてみました。

 

私の父は12年ほど前に亡くなっています。

昭和7年生まれ、生きていたら90歳。子供が好きで、人の集まることが好きな人でした。元気でいたら、きっと気持ちの若いまんまのお爺ちゃんなんだろうなぁ、と思っています。

母は昭和10年生まれ、今年87歳。

母も子供が好きで、人と会話を楽しむのが好きな人なのですが、今、一人暮らしをさせてしまっていることに、とっても申し訳なく思っています。

ここ3年ほどは毎週、電話で近況報告を兼ねたおしゃべりを1時間ほどしています。

その声を聴いていると、何やかや言いながら、電話を楽しみに待っていてくれているんだなぁと。。。余計に切なくなります。

わが家の3人しかいない孫のうち、一人が結婚することになり、その話になりました。先日、本人から『式に出てほしい』と言ってきたそうです。

「場所は?」

「こっち(東京)になるかな」

「ごめんねー、ばぁちゃん、そんな遠くまではもう行けぇないよ。歩くのがやっとだもん」

「うちのお母さん、そっちに住む気はないのかなぁ。子供のころ、ばぁちゃんちにいったのって、結構たのしかったんだよなぁ」

 

この会話を聞いて、ここらでそろそろ、決めなきゃなと思ったのがきっかけでした。

確かに、子供たちは義実家に行くよりも私の実家のほうが生き生きとしていたように思います。父も母も、夏休みやお正月ごとに子供たちが来るのを楽しみにしていたはず。少し大きくなって疎遠になってはいたものの、それでも子供たちもおじいちゃんおばあちゃんに顔を見せたりしてくれていました。

だから、私は夢を持つことにしました。

来年までに、実家に戻ります。そして、母と子供たちとその子供たちの思い出をつないでいこうと思います。

それが何年かかるかわかりません。10年なのか20年なのか、もっと長いのか、思っているより短いのか、見当もつきません。

ただ、父方も母方もおばあちゃんたちは90歳を超えての大往生ですから、私も長生きの遺伝子はもらっているはず。「まだ生きてんだぁ(笑)」と言われながら暮らしているかもしれません。

母との生活はけして楽ではないだろうし、でも、遠くで何もできずに心配だけしてるよりかはいいかなぁとも思うし。。。実家も放置しておけるほど、小さな問題ではないですしね。あ、下の写真は実家ではございません。

ありがたいのは、どこにいてもネットがつながっていれば、皆さんとまた会話ができることですね。お仕事もそれなりに見つけられると楽観視しています。(大丈夫かぁ?)

一応、手に資格も1つ2つあることですし、何とかなるでしょ( *´艸`)

さしあたり実家に戻るにあたって、まずは古いお風呂の改装から手を付けようと思っています。