新しい年となり、気持ちも新たにブログを再開しようと考えています。
どうぞよろしくお願いいたします。
さて、毎年恒例の初もうでに今年は母とふたりで出かけました。
地元は静岡・浅間神社でございます。
こちらは春のお写真ですが、静岡市民は親しみを込めて、「おせんげんさん」とお呼びしています。
浅間神社の御由緒には・・・
「神部神社・浅間神社(二社同殿)及び大歳御祖神社の三社を総称して、静岡浅間神社(通称おせんげんさま)と申し上げる。
神部神社は第十代崇神天皇の御代、約2100年前に駿河開拓の祖神・駿河の国魂の大神として鎮座され、延喜式内社であり、平安時代には駿河国総社となる。『国内神名帳』には美和明神と記され、『類聚国史』に従一位と記載されており、この地方最古の神社である。
浅間神社は延喜元年(901)、醍醐天皇の勅願により富士山本宮より分祀され、爾来富士新宮として国司の尊崇を受ける。
神部神社は第十代崇神天皇の御代、約2100年前に駿河開拓の祖神・駿河の国魂の大神として鎮座され、延喜式内社であり、平安時代には駿河国総社となる。『国内神名帳』には美和明神と記され、『類聚国史』に従一位と記載されており、この地方最古の神社である。
浅間神社は延喜元年(901)、醍醐天皇の勅願により富士山本宮より分祀され、爾来富士新宮として国司の尊崇を受ける。
大歳御祖神社は応神天皇4年(273)今から1700年ほど前に、古代この地方の物流の拠点、商業の中心地であった「安倍の市」の守護神として創祀され、延喜式内社であり、『国内神名帳』に正二位奈古屋明神と記され、静岡市の地主神である。
三社とも朝廷をはじめ国司・武将等の崇敬すこぶる篤く、駿河国総社・静岡の総氏神さま、駿河の大社として広く信仰されている。
御本社神部神社・浅間神社・大歳御祖神社のほかに境内には、麓山神社・八千戈神社・少彦名神社・玉鉾神社の四境内社が鎮座している。
ということで、毎年元旦には家族そろってご挨拶に上がっておりましたが、最近はは生活環境も変わり、家族そろってのご挨拶が難しくなったため、今年は実家の母と伺うことになりました。
おせんげんさんのお山には100段階段とさらにお山の頂上に向かう散策路があります。
おととしは子供とふたりでお山の上まで歩きました。
今年はご挨拶と恒例のお守りを買い、これまた恒例の初御籤を引かせてもらいました。
この何年か、大吉をいただくことがなかった私でしたが、今年、久しぶりに大吉を引かせていただきました。
去年引かせてもらったおみくじ、一番すごかったのは、先日お邪魔した深川不動尊での凶。確かにすごい年の瀬を経験したような気がいたします。
ですが、今年最初のおみくじが大吉。しかも上昇傾向のある大吉です。
「死ぬる思いも祈れば神の強い力で生き返る
七ころび八起きという。倒れても起き上がり、ころんでも立ち上がり、力をおとさず、
希望をすてず、神様御照覧の下に、正しい道を、ぐんぐんと学んでいく。ただ此世
かぎりの生命ではない。幾千万年の末までつづく、魂の世界がある。」
私には、私たちの行いはすべて神様がご覧になっている、途中であきらめることなく、希望をすてずに行けば、必ず先に拓けた道が続いているという意味にとれました。
そして、もう一つ。
「災 自ずから去り福徳集まり 誠に平地を行くが如く 追手の風に舟の進むが如く 目上の人の助を受けて 喜事があります 信神怠らず心直く行い正しくしなさい」
これから先がとても安泰であるが油断するなかれ、目上の人からの助けもあるが、正しい行いをするように。
この文面を読んで、鳥肌が立つ思いがいたしました。
今年はこの言葉通り、皆さまのお力をお借りして、途中であきらめることなく、心正しく生活していきたいと思います。
本年もどうぞよろしくお願いいたします。